ハルに風邪ひいた

駆け出し宇宙工学者が気が向いたときに書く方のブログ

ロジカルロンリーラディカルシンキング

懲りずに短歌を作っている。

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ニュートンの呪縛で月が欠けていき同じ呪いが僕にもかかる

 

 

 

 

 

 

 

「小骨から俺は世界を変えてやる」

人に忘れられたときにアジフライは死ぬ

 

 

 

 

 

 

 

垢抜けぬ少女の垢を垢のまま煮詰めたものにわたしはなりたい

 

 

 

 

 

 

 

不釣り合いなイコールのようなコンセントがひとつ空いててあの人がいない

 

 

 

 

 

 

 

飴色の雨が溶けあうとき僕は皮膚色の皮膚で区切られている

 

 

 

 

 

 

 

あの人の炭素が漂うキッチンの換気扇を回すかためらう

 

 

 

 

 

 

 

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この世のあらゆるものが分子という粒の塊で出来ていると知った時、僕は相当驚いたと思う。特に、自分の体もまたその粒の集合体であると知って、僕はなんとも言えない気持ちになった。それは、怖いとも面白いともつかない、やっぱりなんとも言えない気持ちだった。いや、だって、粒って。大丈夫なのそれ。ちょっと気抜くと腕とか足とかバラバラになってジェンガみたいに崩れちゃうんじゃないの。お湯に浸けたら砂糖みたいに溶けたりするんじゃないの。

そしてその分子もさらに細かく分解すると陽子・電子・中性子の組み合わせで出来ていて、実は水と酸素ではその陽子・電子・中性子の組み合わせ方が変わっただけで、材料は同じだという。おい、なんだそれは。もし水飲んでるときにうっかり陽子と電子が組み変わっちゃって、猛毒とかになったらどうするんだ。朝起きたら突然自分の髪の毛がパスタになってたらどうするんだ。グレゴール・ザムザもびっくりだ。

しかもその陽子・電子・中性子も分解すると素粒子というもっと細かい粒で出来ていて……。はあ。そうですか。参りました。 

 

 

 

科学は精密な実験結果に基づき、いたって論理的に理論を構築する。そんなぐうの音も出させてくれない結論を前にするとき、僕の感情の介在する余地は無くて、なんだかそれは寂しいことのように思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

化学の話をしてみる。

人間は酸素を吸って二酸化炭素を吐く。これを化学式で書くと、O2を吸ってCO2を吐き出すということになる。つまり、単純に考えると人間は呼吸することで自分の体内のC(炭素原子)を外に放出していることになる。

さて、人間の一日の呼吸量は19,000リットルぐらいだそうだ。空気の密度は1リットルあたり約1.3グラムなので、人間は一日に19,000×1.3=24,700グラム呼吸をすることになる。そしてこの呼気のうち約3%二酸化炭素なので、その人からは一日あたり24,700×0.03=741グラムの二酸化炭素が吐き出されることになる。これは、炭素原子の数に換算すると約1025乗個になる。つまり、ある人が一日部屋にいた場合、もともとその人の体の一部であった炭素原子は、1025乗個部屋に充満することになる。

1025乗というのはどれだけの量か想像しにくいが、例えば1025乗円の貯金を持っていたとすると、毎日1兆円を使って豪遊しても、貯金を全て使い切るのに274億年かかる。なんじゃそりゃ。例えてみても実感の湧かない、とにかくおびただしい量だ。一日部屋で呼吸をし続けるだけで、そんなおびただしい量の「元自分」の炭素が部屋を飛び回ることになる。

一方、植物は逆に光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸って酸素(O2)を吐き出す。つまり空気中の炭素原子を植物の体内に取り込むことになる。だからもし部屋に観葉植物を置いていたりなんかすれば、一年も経つとそいつは相当な量の「元自分」を体内に取り込んでいるはずである。ペットは飼い主に似るというが、植物は物理的に育て主に同化していくのだ。いつか根っこが足になって枕元で添い寝をしてくれるかもしれない。

 

だから、安心してほしい。例えばあなたが部屋で一人っきりでいる時も、あなたの部屋を訪れた「元友人」の、「元恋人」の、「元家族」の炭素原子があなたを取り囲んでいるのだ。だから、全然寂しくはないのだ。

例えばあなたの部屋の植物の一部は、あなたの友人の、恋人の、家族の一部で構成されているのだ。だから、全然寂しくはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

宇宙の話をしてみる。

これまでの偉人たちの色んな観測事実から、宇宙の始まりはビッグバンという大爆発で生まれたらしいと考えられている。ビッグバン。韓流アイドルではない。さて、世界の始まりがビッグバンだと聞くと、僕らの体を構成する分子もその時に作られたのかと思うかもしれないが、実はそうではない。というのもビッグバンの頃は粒の勢いが良すぎて、陽子・電子がくっついてもすぐにバラバラになってしまうからだ。血気盛んな思春期の若者たちがくっついたり離れたりを繰り返して自然消滅するのと同じようなもん、ではない。

では、僕らを構成する分子が作られたのはいつかというと、その数億年も後、星が生まれてからだ。星の内部にはとっても熱い炉があり、そこで炭素や酸素などの分子が作られる。そうして分子をたくさん作った星はその一生を終える時、ものすごいエネルギーを放出して大爆発を起こす。超新星爆発というやつだ。いや、だから韓流アイドルではない。この超新星爆発によって宇宙空間に分子がばらまかれる。そうやって宇宙のあちこちで起こった爆発でばらまかれた分子のうち、たまたま太陽の付近にあったものが集まって地球が生まれ、そして僕らが生まれた。

つまり、僕らは星の死骸で構成されているのだ。そして僕の上半身と下半身は別の星の死骸かもしれないし、もしかしたらこれを読んでいるあなたと僕を構成する分子たちは、はるか昔のどこかの星の中で一緒にいたのかもしれない。

 

だから、安心してほしい。例えばあなたがどうしようもなく孤独なときも、あなたと同じ星の死骸から生まれた同志がきっとどこかで生活を送っているはずだ。だから、全然寂しくはないのだ。

例えばあなたが愛する人と一体化できなくて悩んでいても、いつかこの太陽系が寿命を終え、膨張する太陽に地球が呑み込まれたときに、同じ星の中で一つになれる。だから、やっぱり全然寂しくはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学の四年間は一人暮らしってなんて自由で楽しいんだ!と、一度も寂しいと思ったことなんてなかったが、大学院に進学したぐらいからどうも、「そろそろ一人暮らしとかよくね?」と思うようになってきた。ひとりぼっちってこんなに寂しいもんなのか。いやしかし、この部屋には先週遊びに来たAさんの炭素原子もいるから厳密にはひとりぼっちではないはずだし、なんなら隣の部屋に住んでいる人は同じ星出身かもしれないし、全然寂しくないもんね、と部屋でひとり自分を鼓舞していると余計に悲しくなってきた。しばらく換気して、せめて今日は新鮮な「元誰か」と一緒に寝ようかな。