キューブでありるったかもだろうんだね

まだまだ懲りずに短歌を作っている。

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パチキューン、光を食べる音

またも写ルンですのあまりにも早い死

 

 

 

 

 

 

 

死ぬことを覚える前に生きることを死ぬほど覚えよ、たまごボーロマン

 

 

 

 

 

 

 

きの音のくうきの音がすききりんすきすきききききききりんのし

 

 

 

 

 

 

1ホールのケーキを買う意図アイプチを貼る意図そうめんが揖保乃糸の意図

 

 

 

 

 

 

 

人の意図人の意図人の意図人の意図人の意図人の意図人の意図人の意図ひ

 

 

 

 

 

 

 

性欲のリッシンベンで火を灯すふたりの夜に嘘が無いこと

 

 

 

 

 

 

 

微熱だよ、いや熱だから、微熱だよ、いや熱だって、という名の詩人たち

 

 

 

 

 

 

 

皆さまの小さな勇気が子供らの未来を奪う、がんばれ日本!

 

 

 

 

 

 

 

死ぬまでに死ぬほど遠くに行こうこの星の重力はたかが三次元

 

 

 

 

 

 

 

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美術館が好きだ。

美術が好きだ、とは言わないのは絵画や写真自体にさほど執着があるわけではないからだ。絵は棒人間専門だし、写真は写ルンですでちょっとしたエモノスタルジック写真が撮れればそれでもう満足してしまう。だから、歴史的に価値の高い作品とやらを観ても何がすごいのかいまだに説明できないし、セザンヌだったかスザンヌだったか毎度忘れてしまう(モネとマネの違いはようやく分かり始めた)。そんなわけで、美術館に行っても作品を純粋に鑑賞している時間は実は半分も無かったりする。では一体何をしているかというと、ほとんどの時間は作品を観ながら別の考え事をしているか、何も考えずぼーっとしているか、手を繋ぎながらわちゃわちゃ鑑賞しているカップルの人間観察をしているかのどれかだ(彼氏が彼女の前でドヤ顔をしてたりなんかすると余計にガン見してしまう)。

おい、そんなことなら別に美術館なんか行かずに一人でやればいいじゃないか、と言われそうだが、それは、そうでもないのだ。芸術家が魂をこめて生み出した作品たちは、それはそれは途轍もないエネルギーを秘めていて、そのエネルギーを一身に浴びる間、僕の体が、脳が、わずかに変化する。進化すると言ってもいい。無理やり進化させられてしまうと言ってもいい。そうして進化させられた体と脳は、普段の僕では考えもつかないようなアイディアや、言葉を導き出すことがある。美術館という凄まじいエネルギーを持つ空間でのそうした体験を、僕は愛しているのだと思う。いくら価値のある作品でも、自分の身体や思考に影響を与えないものはどうでもいいのだ。結局僕は、自分のことにしか興味がないんだと思う。

 

 

 

 

フィリップス・コレクション展を観てきた。アメリカのダンカン・フィリップスさんが90年代に熱心に集めた作品群の展覧会で、ドラクロワシスレークールベ、モネ、ドガマティスゴッホピカソなどなど教科書でお馴染みの名だたる巨匠たちの絵が一堂に集められており、なんとも贅沢な空間に仕上がっていた。相変わらずふらふらと考え事をしたりぼーっとしたりしながら見ていたのだけれど、ふと思う。

ピカソやばくね?

この並びで観ていくと、明らかにこいつだけ異質である。いやだって、なんだあれ。やたらカクカクした馬と牛が、ありえない姿勢で頭とお尻を同時にこちらに向けている*1。もう体どないなっとんねん。一体どの角度から、どんな瞬間を切り取ったものなのか。というか本当に牛なのかも怪しいレベルだ。これがいわゆる「キュビスム」という画法だそうで、ある時期に一大ムーブメントとなって流行したそうだ。なるほど、巨匠さんとやらが考えることは僕みたいな一般人チンパンジーには理解できないってことね、はいはい、と半分拗ねながら観ていたが、同じくキュビスム創始者ジョルジュ・ブラックの作品に付いていた解説が目に留まる。

 

本作品においてブラックは、(中略)傾斜したテーブルの上のモティーフを複数の視点から同時に捉えている。*2

 

ああ、多次元になりたかったのか、と僕は勝手に納得してしまう。

たとえば僕らが生活している三次元の世界は二次元平面の世界が空間的に無数に重なってできたものだと考えると、僕らが両目で世界を見ている瞬間は常にその中から片目1枚ずつ、計2枚の平面映像を選んでそれらを重ね合わせて見ていることになる。ならばもっと多次元の世界でたくさんの目玉をつけて生活している未来人or宇宙人がいたとしたら、彼らは僕らの住む三次元世界が空間的にも時間的にも無数に重なってできた世界の中で、複数の視点の、かつ複数の時点の、三次元の映像を「同時に」見ることができるはずだ(映画『インターステラー』や『メッセージ』を観た人には分かってもらえるだろうか)。思うに、ピカソたちはそういう「視点」を描いたのではないか。そういう多次元の世界での「一瞬」を二次元の画面に投影してみせたのではないか。そう思うと、なんと合理的な手法だろう、と納得してしまったのだ。それは僕らのこの三次元世界のどうしようもない肉体限界を超えるための、極めて合理的で、知性的な試みなんじゃないか。

もちろんキュビスムの正しい解釈を知らないのでこれは勝手な妄想だけれども、僕にはどうもそれで、目の前の巨匠くんたち一同に親近感が湧いてしまった。たしかにそういう感覚、僕にもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多次元になりたいんだよね」

ある飲み会の後、町田駅の連絡通路を歩いている時、酔っていた(自分に酔っていた)僕は後輩にこんなことを口走った。なんじゃそりゃ。キアヌ・リーブスかお前は。後輩の反応をあんまり覚えていないけれど、若干引いていた可能性は高い。

ただ字面の何とも言えぬイタさはさておき、素面の状態の今でもこのセリフは僕にとっては全く嘘のない言葉だな、と思う。僕は、多次元になりたいのだ。

 

幼い頃、少なくとも小学校低学年あたりには、僕はなぜか宇宙飛行士になりたかった。しかし、いつなりたいと思い始めたのか、なぜなりたいと思ったのかはよく分からない。「子供の頃ニュースで見た若田光一さんの姿がかっこよくて!」というようなありがちな記憶も特に思い当たらない。ただ当時からしっかりと感じていたのは、「宇宙はこんなにあり得ないほど広いのに、なんでこんな地上でチョロチョロ動いてるだけで一生を終えなきゃいけないんだ!」というどうしようもない不満である。我ながらいかついパンクマインドだ。でもこれもやはり、成人した今の僕にとっても全く嘘のない言葉だと思う。僕らはこの地球上で三次元空間を自由に動いているようでいて、広い目で見ればほとんど地上に張り付いて二次元的に動いているだけだ。スカイツリーに登っても、飛行機に乗っても、スカイダイビングをしても、重力は常に容赦なく僕らを縛り付ける。僕らの体は常に、「重力が働くほうが下」という意識から抜け出すことは出来なくて、多少上下に動いたり、地球の反対側に行ったりしながらも基本的には重力に垂直な方向にひたすらウロチョロしている。それは僕にとって、すごく残念なことに思えた。そのまま地球の重力だけに縛られたまま死んでいくのが悔しかった。だから僕は、真の意味での三次元を目指したのだ。上下という感覚すら無く、好き勝手に空中を漂うその肉体的自由に憧れたのだ。

ただ、僕の生まれた時代は少しだけ早かった。この時代に宇宙に行く選択肢は、10年に1度あるかないかの宇宙飛行士選抜試験を奇跡的な確率で通過するか、これまた奇跡的なレベルの大富豪になって宇宙旅行に行くかぐらいだろう。悲観的に見ているわけではないけれど、僕の体が健全なうちに宇宙に行く機会を得る確率は、かなり低い。僕は望むような肉体的自由を得られないまま死んでいくのだろうか。それは、とても残念なことだ。本当に悔しいことだ。

 

でも、だけど、それでも、と思う。

 

ピカソやブラックらが試みたように、僕らは精神的にはもっと多次元であれる。研究をして、本を読んで、短歌を作って、芝居を観て、サンドウィッチマンで笑って、ボクシングをして、友人とくだらない飲み会をして、僕はそのたびに新しい感覚・視点を手に入れる。そうして僕の思考の次元はまた少し上がる。それは0.0001次元ぐらいの差かもしれないけれど、それでも確実にそれまでの自分の思考次元ではたどり着けないような景色を見られるはずなのだ。僕はそうして、できるだけ遠くの景色を見たいと思う。この星にへばりついて一生を終えるやるせなさを抱えながら、せめて精神的には未来人並みの多次元生物でありたい、と思う。それは、この時代に生まれてしまった僕ができるせめてもの抵抗だ。なんとも、我ながらいかついパンクマインドだ。

やっぱり僕は、自分のことにしか興味がないんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ZOZOTOWNの社長が月旅行をすると聞いたときにはくそー先を越された!と実は密かに拗ねていたのだけれど、実現すればそれはそれできっと刺激的な映像になるだろう、と楽しみでもある。様々な分野のアーティストも同乗するそうだけれど、一体だれを連れて行くんだろうか。しょーもない低次元生物連れていくとか言ったら許さないからな!

 

 

ロジカルロンリーラディカルシンキング

懲りずに短歌を作っている。

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ニュートンの呪縛で月が欠けていき同じ呪いが僕にもかかる

 

 

 

 

 

 

 

「小骨から俺は世界を変えてやる」

人に忘れられたときにアジフライは死ぬ

 

 

 

 

 

 

 

垢抜けぬ少女の垢を垢のまま煮詰めたものにわたしはなりたい

 

 

 

 

 

 

 

不釣り合いなイコールのようなコンセントがひとつ空いててあの人がいない

 

 

 

 

 

 

 

飴色の雨が溶けあうとき僕は皮膚色の皮膚で区切られている

 

 

 

 

 

 

 

あの人の炭素が漂うキッチンの換気扇を回すかためらう

 

 

 

 

 

 

 

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この世のあらゆるものが分子という粒の塊で出来ていると知った時、僕は相当驚いたと思う。特に、自分の体もまたその粒の集合体であると知って、僕はなんとも言えない気持ちになった。それは、怖いとも面白いともつかない、やっぱりなんとも言えない気持ちだった。いや、だって、粒って。大丈夫なのそれ。ちょっと気抜くと腕とか足とかバラバラになってジェンガみたいに崩れちゃうんじゃないの。お湯に浸けたら砂糖みたいに溶けたりするんじゃないの。

そしてその分子もさらに細かく分解すると陽子・電子・中性子の組み合わせで出来ていて、実は水と酸素ではその陽子・電子・中性子の組み合わせ方が変わっただけで、材料は同じだという。おい、なんだそれは。もし水飲んでるときにうっかり陽子と電子が組み変わっちゃって、猛毒とかになったらどうするんだ。朝起きたら突然自分の髪の毛がパスタになってたらどうするんだ。グレゴール・ザムザもびっくりだ。

しかもその陽子・電子・中性子も分解すると素粒子というもっと細かい粒で出来ていて……。はあ。そうですか。参りました。 

 

 

 

科学は精密な実験結果に基づき、いたって論理的に理論を構築する。そんなぐうの音も出させてくれない結論を前にするとき、僕の感情の介在する余地は無くて、なんだかそれは寂しいことのように思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

化学の話をしてみる。

人間は酸素を吸って二酸化炭素を吐く。これを化学式で書くと、O2を吸ってCO2を吐き出すということになる。つまり、単純に考えると人間は呼吸することで自分の体内のC(炭素原子)を外に放出していることになる。

さて、人間の一日の呼吸量は19,000リットルぐらいだそうだ。空気の密度は1リットルあたり約1.3グラムなので、人間は一日に19,000×1.3=24,700グラム呼吸をすることになる。そしてこの呼気のうち約3%二酸化炭素なので、その人からは一日あたり24,700×0.03=741グラムの二酸化炭素が吐き出されることになる。これは、炭素原子の数に換算すると約1025乗個になる。つまり、ある人が一日部屋にいた場合、もともとその人の体の一部であった炭素原子は、1025乗個部屋に充満することになる。

1025乗というのはどれだけの量か想像しにくいが、例えば1025乗円の貯金を持っていたとすると、毎日1兆円を使って豪遊しても、貯金を全て使い切るのに274億年かかる。なんじゃそりゃ。例えてみても実感の湧かない、とにかくおびただしい量だ。一日部屋で呼吸をし続けるだけで、そんなおびただしい量の「元自分」の炭素が部屋を飛び回ることになる。

一方、植物は逆に光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸って酸素(O2)を吐き出す。つまり空気中の炭素原子を植物の体内に取り込むことになる。だからもし部屋に観葉植物を置いていたりなんかすれば、一年も経つとそいつは相当な量の「元自分」を体内に取り込んでいるはずである。ペットは飼い主に似るというが、植物は物理的に育て主に同化していくのだ。いつか根っこが足になって枕元で添い寝をしてくれるかもしれない。

 

だから、安心してほしい。例えばあなたが部屋で一人っきりでいる時も、あなたの部屋を訪れた「元友人」の、「元恋人」の、「元家族」の炭素原子があなたを取り囲んでいるのだ。だから、全然寂しくはないのだ。

例えばあなたの部屋の植物の一部は、あなたの友人の、恋人の、家族の一部で構成されているのだ。だから、全然寂しくはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

宇宙の話をしてみる。

これまでの偉人たちの色んな観測事実から、宇宙の始まりはビッグバンという大爆発で生まれたらしいと考えられている。ビッグバン。韓流アイドルではない。さて、世界の始まりがビッグバンだと聞くと、僕らの体を構成する分子もその時に作られたのかと思うかもしれないが、実はそうではない。というのもビッグバンの頃は粒の勢いが良すぎて、陽子・電子がくっついてもすぐにバラバラになってしまうからだ。血気盛んな思春期の若者たちがくっついたり離れたりを繰り返して自然消滅するのと同じようなもん、ではない。

では、僕らを構成する分子が作られたのはいつかというと、その数億年も後、星が生まれてからだ。星の内部にはとっても熱い炉があり、そこで炭素や酸素などの分子が作られる。そうして分子をたくさん作った星はその一生を終える時、ものすごいエネルギーを放出して大爆発を起こす。超新星爆発というやつだ。いや、だから韓流アイドルではない。この超新星爆発によって宇宙空間に分子がばらまかれる。そうやって宇宙のあちこちで起こった爆発でばらまかれた分子のうち、たまたま太陽の付近にあったものが集まって地球が生まれ、そして僕らが生まれた。

つまり、僕らは星の死骸で構成されているのだ。そして僕の上半身と下半身は別の星の死骸かもしれないし、もしかしたらこれを読んでいるあなたと僕を構成する分子たちは、はるか昔のどこかの星の中で一緒にいたのかもしれない。

 

だから、安心してほしい。例えばあなたがどうしようもなく孤独なときも、あなたと同じ星の死骸から生まれた同志がきっとどこかで生活を送っているはずだ。だから、全然寂しくはないのだ。

例えばあなたが愛する人と一体化できなくて悩んでいても、いつかこの太陽系が寿命を終え、膨張する太陽に地球が呑み込まれたときに、同じ星の中で一つになれる。だから、やっぱり全然寂しくはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学の四年間は一人暮らしってなんて自由で楽しいんだ!と、一度も寂しいと思ったことなんてなかったが、大学院に進学したぐらいからどうも、「そろそろ一人暮らしとかよくね?」と思うようになってきた。ひとりぼっちってこんなに寂しいもんなのか。いやしかし、この部屋には先週遊びに来たAさんの炭素原子もいるから厳密にはひとりぼっちではないはずだし、なんなら隣の部屋に住んでいる人は同じ星出身かもしれないし、全然寂しくないもんね、と部屋でひとり自分を鼓舞していると余計に悲しくなってきた。しばらく換気して、せめて今日は新鮮な「元誰か」と一緒に寝ようかな。

ありふれる殺人的平等感

最近は思ったことがまとまった思考にならず、短いことばの欠片としてぽこっと現れることが多い。そういうときに出てくることばの欠片は大体5~7文字に収まることが多いので短歌という形式にまとめることで保存するようにしている。

 

というわけで、今回は最近作った短歌をいくつか並べてみる。

はい、ただそれだけの回です。

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カフェラテで恋しく揺れる襟足のカールは小人の仕業ではない

 

 

 

 

 

 

 

一人称がやや崩れたらあの人の耳の形を思い出せなくなった

 

 

 

 

 

 

 

ツナ缶をわずかに一つ食う時もバニラ、バニラは高収入だ

 

 

 

 

 

 

 

階段で息が切れたらぼくはもう圧倒的にコフレドールになれない

 

 

 

 

 

 

 

 

産んだ子の髪を掴んで投げるようで孕むの孕という字の正しさ

 

 

 

 

 

 

 

JKとしての人生を2時間観てもぼくの人生は腹がすく

 

 

 

 

 

 

 

寂寥をじゃくびゅうと読む

びゅう、と風

渋谷の風は誰にも当たらぬ

 

 

 

 

 

 

 

あなたとは他人でいるがカツカレーでお待ちの方として夫婦にはなった

 

 

 

 

 

 

 

脚フェチの彼の親父も脚フェチで

そうだ、地球は3番の星

 

 

 

 

 

 

 

「襟足の寝癖をなぞる指が好き」

百億年後、ぼくは孤独だ

 

 

 

 

 

 

 

無機質の彼にも朝が降るごとく、美人ナースはぼくのものでない

 

 

 

 

 

 

 

「あなたにはあなたのように生きてほしい」の、ハ行とサ行は息しか吐かぬ

 

 

 

 

 

 

 

救急車が立ち往生しマッキーが今半分ほど染み付いたところ

 

 

 

 

 

 

 

街灯に体半分照らされてファミマのチキン安らかに在り

 

 

 

 

 

 

 

さようならを言いたくなくてバイバイと言ったらさようならと言われた

 

 

 

 

 

 

 

しおりにしたこの電話相談カードで救われた人をぼくは知らない

 

 

 

 

 

 

 

みながみなみながらみないふりをするそのえねるぎーででんしゃはうごく

 

 

 

 

 

 

 

中指をみじん切りする

血で染まる

腕軽くなる

ぼくここにいる

 

 

 

 

 

 

 

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 だから、これだけって言ったじゃないか。

みなさま、グロがお好きなようで

 

 

人間生まれた時はなんかガサガサガサガサして、これじゃ暮らせないから。ガサガサって表現はおかしいけどね。曖昧模糊としてるでしょ。子供の頃ってえのは、白鳥がお天道様咥えてくるような絵描くでしょ。ウケようとして描いてんじゃねえんだ、あれ。それじゃあ困るからって白鳥が鳥類であってこっちが宇宙であるって分けて。これを知性って言うとするか。それが疲れたときにボケるわけよ。ね。だからこれ(人生)がいかに苦しいか。夢でバランス取ったり幻覚剤求めたりね、それからまたイリュージョン、手品なんていうのを見て、酒飲んだりして、常にこのグロテスクさから逃げようとしてるんですよ。だから、ボケは当たり前なんですよ。ボケて悪くないんですよ。恍惚としてんですから。迷惑するのは周りだけなんですから、こんなもん。*1

 

 

「グロテスク」っていうと普通は「気持ち悪い、残酷な」という意味を指すけれども、もともとは古代ローマの洞窟にあった、植物やら動物やら人間やらが混ざり合って描かれた壁画のことを指す言葉だったらしい。まあ要は「ごちゃごちゃして不自然なもの」ってところだろうか。なるほど、そういう意味で言えば人間の生活っていうのはたしかにグロテスクだなあ、と思う。なんだかよく分からんまま生まれて、気付いたら言語なるものを話していて、宿題はしなくてはいけません、適度にスポーツもせねばなりません、大阪に生まれたという理由だけで阪神タイガースを応援せねばなりません、子供は子供らしくしなくてはいけません、大人なんだから大人らしくしなくてはいけません、この紙切れはお金というものです、そのお金を得るために働かなくてはなりません、異性とは「結婚」という契約を結ばねばなりません、掃除洗濯料理ゴミ出しは欠かさず行わなければなりません、、、。

20年以上生きてもこのグロテスクさ、不自然さにはなかなか慣れなくて、まあ普通に生活することほど難しいものは無いなあ、と思う。例えば料理なんてのも、基本的に「なんとなく油を引いてみる」「生じゃ硬いから焼いておく」「味がしないから塩コショウをかける」という自然体得的な手札で勝負するので、料理好きの人が彩りや栄養バランスを考え、よく分からん調味料をたくさん混ぜて、皿をいちいち分けてきれいに盛り付けているのなんかを見ると、よくもまああんな不自然なことを楽しそうにやるもんだなあ、と本当に感心してしまう。先日も元劇団同期の友人と話したのだが、なんと彼女は毎朝必ず家を出る2時間前に起き、朝ごはんを作りながら化粧と身支度を済ませて大学に通う、という生活を3年間続けているらしい。家を出る2時間前に目覚めた日なんかには「しまった、あと1時間45分は寝られるのにもったいない」と思っちゃうのが自然だと思うんだけどなあ。

 

 

 

 

そんな彼女のブログの投稿には、美しい写真が並ぶ。きれいな色合いの具だくさんミネストローネや牡蠣のアヒージョ、そして大学への通学路で撮ったという、黄金色の紅葉の奥に見える秋晴れの青空。そこにはこんな言葉が添えられていた。 

今日は時間がなくて

「わー遅刻だー!!!」

って走りながら登校したんだけど、

こんな空見ながら走って

生きてるわー!

ってなんか思いました(笑)。*2

あれは小学生の時だったかな。細かいことは覚えていないけれどもその日は多分夏で、もしかしたら夏休みの学校のプール開きの帰りか、はたまたみんなで野球をした後の帰り道だったかもしれない。僕の住んでいた社宅の前にはかなり急な坂道があって、ブレーキもかけずに自転車でその坂を一気に下ろうというその瞬間にふっと顔を上げると目の前には突き抜けるような青空が広がっていて、ほんの少しだけ時間が止まったような感覚に襲われたのを覚えている。その瞬間に僕は彼女と同じように

「うおお、生きてるぞー!」

と心の中で叫んだのだった。

陳腐な話だが、137億年という宇宙の歴史を1年に圧縮すると僕の23年の人生はたったの0.053秒だそうだ。あっというまどころか、「あっ」と言う間すら無い。はたまた地球をビー玉のサイズに圧縮すると、東京スカイツリー0.00075 mmで、僕の身長はウイルスにも満たないという。このとき太陽の大きさは大玉転がしの玉ぐらいあるらしい。自然というものは、時間軸上にも空間軸上にも圧倒的な広がりを持っていて、その一端を垣間見るときそのあまりの迫力に僕らは四次元的に足を止められてしまう。そうして立ち止まるとき、こんなにも不自然な生活を送っている僕もまた、自然の一部に取り込まれたような気分になる。そのスケールの中で僕の命はあまりに小さくて、儚くて、だからこそ、不自然なこの生命はやけに浮き彫りになって、輝いて見えるのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校3年生の夏、数年ぶりに父方の祖母の家に帰省した。そのとき祖母は癌の末期であった。恐らく次の正月まではもう持たないだろうと言われていて、生きている祖母に会うのはこれが最後だろうとみんな分かっている状態だった。そしてそのことを、祖母だけが知らなかった。それはとても不自然だった。「病気が治ったらまた会おうね」という僕の言葉に祖母は力なくうなづいた。祖母はもうボケていて、僕の名前も覚えているか分からなかったけれど、その反応はとても自然で、僕の言葉はとても不自然だった。来る途中の新大阪駅で祖母のために小さな招き猫の置物を買った。「僕はお盆が終わったら帰るけど、この招き猫はずっとここにいるからね」と言って祖母の枕元に置いてあげた。ぐったりとした祖母の前では招き猫の笑顔は過剰なぐらい生き生きとして見えて、その構図はやはり不自然だった。祖母が亡くなったあとも、こいつは寸分も変わらぬ表情で笑い続けるのだな、と思うとお前だけ生きていても仕方ないんだぞ、と空しくなった。部屋全体の時間が止まったように感じられて、壁にかけてある写真も、祖母の得意だったちぎり絵も、どこか消え入りそうな気配を放っていた。祖母の家自体が、もうすぐその命を終えようとしているような、そんな感じだった。散歩に出た。鹿児島のど田舎の山は、少し奥まで入ると本当に何の音もしなくなる。蛇が出そうな草むらに恐る恐る入って立ち止まると、風がざーっと抜ける音だけがして、空はよく晴れていて、自然はあまりに自然で、僕の置かれている状況はあまりに不自然だった。

自然に帰する時、人は不自然を脱することができる。祖母はあの時、自然だった。病床に臥しているときには既に、グロテスクな生命体の僕とはまるで違う世界を生きていたのかもしれない。お葬式の時、父も叔父もいとこもみんなたくさん涙を流した。なぜだか僕はあまり涙を流さなかった。祖母はとても自然な姿だった。だから、その帰結が悲しいことだとは、あまり思えなかった。お葬式が終わった後に出された食事の中に、不自然なぐらい動物の肉が入っていなかったことの方が、よほど悲しいことであるような気がしたのだった。

 みんな、グロテスクが好きだなあ。僕はどうも好きになれない。好きになりたいとは思わないけれど、ちょっとだけ、羨ましいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

12月はどうも苦手である。師走というだけあってかどこか慌ただしい雰囲気に包まれるし、街のあちこちでやたらにセンチメントを強いる音楽ばかり流れていて脳が疲れてしまう。最寄りの駅前にもいつのまにか巨大なクリスマスツリーが出現して、いよいよ嫌な季節がやってきたなあと思う。ツリーには青を基調としたLEDのイルミネーションが巻き付けられていて、インスタ映えを糧とするインスタ蝿たちが群がってたくさん写真を撮っていた。あんな色付きの電磁波なんか見なくたって、冬の夜空に浮かぶ自然光はこんなにきれいなんだけどなあ、と見上げた空に向かってついたため息はいつもよりやけに白いような気がして、んー、なんだか不自然だなあ、と思った。

 

 

*1:「落語のピン」1993.04.07放送分、立川談志『鮫講釈』のマクラの一説。

https://www.youtube.com/watch?v=JUNL0mgpuCs

*2:『生きてるわー!』

https://ameblo.jp/sunflowermegane/entry-12329072157.html

ゴマキ、ハルマキ、いい気分、。

まずはこちらの写真をご覧いただきたい。

 

 

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 大学一年の頃住んでいた家の近くの工事現場で見つけた看板である。はじめは「ああ、工事やってるんだなー」ぐらいにしか思っていなかったが、何度もこの看板の前を通るうちにあることを思った。

 

「いやこいつ、謝る気ないだろ」

 

彼の目を見ていただきたい。見るからに不満げである。頭を下げて一見従順なふりをしながら不服そうに相手を睨みつけているのがお分かりだろう。怒りに口元が歪んでいることからも、相当な恨みを持っているに違いない。少年漫画なら、「オモテでは『ちょっとドジだけど良い奴』を演じながら、密かに主人公への復讐に燃える同級生」がはまり役だろう。

かくして彼との衝撃的な出会いを果たしたのが、遡ること四年前の出来事である。

 

 

 

 

 

そして先日新宿をぶらぶらと歩いている時、たまたま工事現場の前を通りかかった僕は、己の目を疑うものを発見する。

 

 

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おい、お前さらに謝る気なくなってるじゃねえか。

 

なんだその全面的に人を小ばかにしたような表情は。絵のタッチを少しデフォルメ化して和らげたかと思いきや、むしろ逆に反骨心を増すというこの表現技術。

四年前ならまだ死に際に、「俺が間違っていたよ……妹をよろしく頼むな……」とか言いながら主人公と熱い抱擁を交わす展開もありだったが、この表情ではもはやそんな展開すら許されず主人公に滅多打ちにされてやられるほかない。

 

四年という時間でこんなにも人は変わってしまうのである。時の流れは恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

モーニング娘を最近よくYoutubeで見る。

失敬。

モーニング娘。を最近よくYoutubeで見る。

と言っても最近のやつではなく、いわゆる全盛期と言われる時代、すなわち矢口真里さんが殺人光線「セクシービーム」を放っていた時代の前後のやつである。当時は毎日のようにテレビで流れていたのだけれど、まだ幼稚園生だったので辻ちゃん加護ちゃんの区別も分からず見ていたが、改めて見ると非常に惹きつけられるものがある。全盛期のアイドルというのは無敵の勢いを持っていて、彼女たちが歩くだけで、そこにいるだけでもう魅力的なのである。

そんな中、このフレーズが刺さる。

 

どんなに不景気だって

恋はインフレーション

こんなに優しくされちゃ みだら

 

明るい未来に 就職希望だわ*1

 

どうやら当時の日本は「失われた10年」とかなんとかいう混迷の時代にあったらしく、ここでの「明るい未来」というのはそれなりに切実なものであったらしい。しかし、それほど切実に彼女たちが就職を希望したというその「明るい未来」とやらは彼女たちのもとにやって来たのだろうか。

モーニング娘。も全盛期を過ぎ、やがてゴマキが卒業し、保田さんが卒業し、なっちが卒業し、辻ちゃん加護ちゃんが卒業し、みんなアイドルでなくなってしまった。歩くだけで、そこにいるだけで日本中を熱狂させることができた彼女たちは、歩くだけでは、そこにいるだけでは日本中を熱狂させられなくなった。

果たして未来って、そんなに良いものなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

   

ここ一ヶ月間、なぜだかずっとモヤモヤした気分だった。部屋に一人でいると、どうにもダメなのである。夜食として取っておくはずだったチョコはおやつの時間に開けちゃうし、5分で終わる作業のために3時間仮眠しちゃうし、窓ガラスに突撃してきたセミにビビりまくるし、部屋の天井を見ているだけでなぜだか弱気になってしまう。

電気をつけたまま寝て、なんだか落ち着かない嫌な夢で目覚めて、シャワーを浴びて、体を拭いて、鏡の前に立つ。髭が前より濃くなった、肌がきれいでなくなった、身長はさほど高くもならなかった成人男性がそこに映る。これが、僕にやって来た未来か。この未来は、「明るい未来」なのだろうか。

 

駅前に行くとお母さんが赤ちゃんを連れていて、その赤ちゃんが自分の足で一生懸命バタバタと歩いていて、ベンチに腰掛けた老夫婦がその様子を笑顔で見守っていて、僕は改札に向かう足を揺らがされる。もしかしたら僕にもあんな風に、歩くだけで、そこにいるだけで人を幸せにできた頃があったのかもしれない。そのとき僕はアイドルだったのかもしれない。

 

一人でいるとどうにもカッコ悪くて、情けなくて、怠惰で、だからidleなのにidolではなくて、そのことを痛感して、ここ一ヶ月間のモヤモヤはそのせいだったのかもしれない。僕は自分がアイドルでないことを悲しんでいたのだ。

良い歳した成人男性が一体何を言っているんだ。でも、そうなのだ。僕はアイドルでなくなってしまった。それはなんだか悲しいことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば当時のモー娘。メンバーって今どうなってるんだろうと思って、ゴマキのブログを見てみた。芸能ニュースには疎いので全然知らなかったが、なんとあの永遠のアイドルゴマキもいまや二児の母になっているそうだ。それでいて雰囲気こそ変わったがまあ相変わらずの美人であることにまた驚く。ブログでは我が子に箸の持ち方を教える様子や、アンパンマングッズを買ってあげたことなど、毎日のように我が子との出来事が記されている。ついさっきまで動画の中で踊っていた「エース・ゴマキ」と同一人物だということに頭が追いつかないけれども、立派な母親になって子育てをしている様子はとてもキラキラしていて、カッコいい。彼女はもうアイドルでないけれども、そんなこととは関係なく今を一生懸命生きていて、楽しんでいて、それは美しいことである。

 

 

 

アイドルは、アイドルでなくなってしまう。それは悲しいことである。それは時に足を止めてしまいそうになる事実である。

しかし、それでも走り続けることができたら、と思う。もう二度とアイドルにはなれない人生を、それでも肯定できたら、と思う。鏡に映る姿は多分相変わらずだけれど、走り続けている間だけは、きっと少しは輝いて見えるのだ。だから、少しずつ、少しずつでも進んでいこうと思う。

明るい未来に就職希望である。

スープと扇風機をすれば、また介入も潮時だけど、それでも僕らぐちゃぐちゃだから、ぐちゃぐちゃなまま愛しましょうね。

クリームソーダって何なんだ。

あれである。あの皆さんご存知の、メロンソーダの上にアイスを乗せたあれである。あいつは何なんだ。どう考えてもネーミングがおかしくないか。「コーラフロート」、「コーヒーフロート」と並んだ次に「クリームソーダ」である。おい、おかしいだろ。その並びなら明らかにお前は「メロンフロート」だ。なんという不条理感。「太郎」、「次郎」と名付けた挙句、三男に「翔太」と名付けるようなもんである。『ねえお兄ちゃん、もしかして僕は本当の兄弟じゃないの……?』と不安で夜も眠れない翔太くんの顔が浮かんでくるようである。

いやまあよかろう。こちらも良い歳した大人なので百歩譲って「アイスクリーム+メロンソーダ」を省略した言葉だと認めてやろう。いや、それならお前は「アイスメロン」だろう。なぜ「アイス・クリーム」と「メロン・ソーダ」からわざわざ特徴の無い方の「クリーム」と「ソーダ」を取ってきたんだ。これまたなんという不条理感。「地上デジタル放送、略して『上タル』!」と言っているようなもんである。何だ「上タル」って。ちょっと良い店のタルタルソースか。

しかし、これだけ文句を言っておきながらフロート系のラインナップを見るとどうしても「クリームソーダひとつ」と頼んでしまう。ひとしきりアイスとメロンソーダを別々に楽しんだ後、境界面でそれらが混ざり合ってできるあの絶妙な融合体(命名:クリームソーダイリュージョン)をペロペロした瞬間、「なんやかんや言って、うまいやつが正義っしょ」と自信満々のあいつに「参りました」と白旗を上げてしまう。かくして彼は今日も当然のような顔をして「クリームソーダ」の名を名乗っている。

 

 

 

 

 

先日、夕方に帰ってきてテレビをつけると「おかあさんといっしょ」がやっていたのでなんとなく見ることにした。テレビをつけた時にはちょうどエンディングが始まる頃で、体操のおにいさんが小さなおともだちと一緒におうたを歌うところだった。ああ、いつの時代も体操のおにいさんはみんなのおにいさんだ、と心癒されるのもつかの間、テレビの前の大きなおともだち(僕)は言葉を失うことになる。

 

「たまご!次はさかな!」(さかな!)

「さかな!そしてとかげ!」(とかげ!)

「とかげ!からのブンバボーン!」*1

 

え?と、とかげさんに一体何があったんだ……。聞き間違いでなければ確実にとかげさんは「ブンバボーン」と愉快な爆音を立てながら爆発したはずである。早くも置いてけぼりを喰らったおともだち(大きい)をよそに、おにいさんとおともだち(小さい)は構わず続ける。

  

「じゃあ座って~。たまごを作りますよ」

たまごがひとつ たまごがふたつ

ぱんだのお目めが つけまつげ!

 

おにいさんがたまごをふたつお目めに付ければそれはまさしくぱんだのお目めなのである。そこに一切の迷いは無い。そして当然のように最後の「つけまつげ!」に対しては何の説明も加えられない。

 

アルパカぱっかぱっか ちょっとオカピ

アルパカぱっかぱっか ちょっとオカピ

ミーアキャットが フラミンゴ~

 

もはや完全敗北である。正しい解釈をしようというこちらの姿勢など根本から無に帰すような、おにいさんの自信に満ち溢れたダンス。アルパカがちょっとオカピで、ミーアキャットがフラミンゴであることに何の疑問も抱かない小さなおともだち。最後はうたのおにいさん、おねえさんも出てきてみんなで恒例のトンネルくぐりである。おにいさん、おねえさんが腕で作ったトンネルが目の前に現れ、律儀に列を作ったおともだちがくぐり抜ける。

 

ブンバ・ボンって走って行こう

ブンバ・ボンって元気にいこう

ブンバ・ボンって空に歌えば

心がわくわくしてくるよ

 

最後は非常に良い歌詞である。結局、とかげさんの断末魔であるということ以外『ブンバボン』の意味は分からなかったが、そんなことはもうどうでもいいのである。なんだかよく分からないけれども、ブンバ・ボン!っと元気に走って空に歌えば心は自然とわくわくしてくるのだ。「このおうたの歌詞は不条理だよ!でも不条理は不条理で仕方ないんだから、不条理のまま思いっきり楽しんじゃえ!」とおにいさんに言われているような気がして、開いた口が塞がらない大きなおともだちは何だかちょっとだけ元気をもらったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

さきほどブログの下書き用のWordファイルを開くと、一ヶ月前に下書きをしてそのまま未完成のままになっている文章が出て来た。

 

真面目なことを考えてそうな時ほど、頭の中はめちゃくちゃだったりする。圧力と温度変化の妥当性を先輩に主張するのと同じ脳みそで、ライオンのたてがみはなんで焼きそばではないんだ!と怒っているのだ。ウォークマンは足速くなったかなあとか、伊右衛門より綾鷹のほうが歌うまいよなとか思っているのだ。

 

自分で書いておきながら一か月前の文章を見ると驚いてしまう。なんでライオンのたてがみが焼きそばでないことに腹を立てているのかは全く分からないが、しかしその姿勢には自分ながら共感できるところもある。生きるためには生きるものを殺して食べなきゃいけないし、いつか必ず別れることになるのに人は人と出会おうとする。それに理由をなんとなく付けることはできるけど、やっぱり不条理で、そんなことが許されるならもう論理なんてものは何の役にも立たないような気がしてくる。

この続きには、気分が悪そうにしている女性が電車に乗ってきたので介抱しようとした時のことが綴られていた。その女性は普段持ち歩いている頭痛薬をたまたま持っていなくて、吐き気と頭痛に苦しんでいるようだった。

 

近くに座っていた二人組に頭痛薬持ってないですかって聞いたけど持っていなくて、そうすると女性は申し訳なさそうな顔をして「全然気にしないでください」って言うからじゃああんまり気遣っても迷惑なのかなと思ってまた僕は座った。ルーマニアの鋭さは到底歩いて学校行く前、時間で遅めになるからなんとかなるはずなのに総じることも気ままでやっぱり午前は寝過ごしている。そうしているうちに僕が降りる駅が近づいたので、「僕降りますけど、降りて休んだらどうですか?」って聞いたけど、大丈夫ですって明らかに大丈夫じゃなさそうな顔で言われて、でも大丈夫って言ってるしなと思って「気をつけて帰って下さい」と告げて僕だけ降りた。オリタをにじみ出てそれでも髪割く小屋近く。モヤモヤした。ひたちそとなか黄色いろ。

 

ぐちゃぐちゃである。めちゃくちゃである。でもやっぱり共感してしまう。頭の中はいつでもぐちゃぐちゃで、自分でも何を言っているかさっぱり分からない状態で、それでも僕はあたかも秩序だった理性ある人間であるかのように電車に座る。自分が困らない範囲で、ぐちゃぐちゃな脳みその中から当たり障りのない整った言葉だけを選んで、結局目の前の困っている人のことを救えずに電車を降りる。僕がもしあの女性と一緒になって困っていたら、それを見た誰かが薬を持って来てくれたかもしれないけれども、僕は澄ました顔をして、中途半端に電車を降りた。電車を降りて、なんともやるせない気持ちになって、頭は一層ぐちゃぐちゃになる。

ぐちゃぐちゃなんだから、ぐちゃぐちゃなままでいればいいのに、それを表に出すのはとっても難しい。どうせ僕だって「クリームソーダ」や「ブンバボン」なのに、彼らのように堂々としているのはとっても勇気がいることなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は初めて「哲学カフェ」なるものに行ってきた。哲学というと何だか難しそうに聞こえるが、要はみんなでひとつのテーマをもとに自分の思っていることを話そうぜ!というものである。これがなかなか難しい。手を挙げる瞬間には「ぬおお、それについて思っていることあるぞ!」と威勢がいいのだが、いざマイクが回ってくると頭の中はやっぱりぐちゃぐちゃで、困り果てる。「しかしこのぐちゃぐちゃな状態を隠さずに伝えるんだ!」という気持ちでああでもない、こうでもない、と話してやっとこさ着地したら、初めの目標地点とは遥か遠く離れた地に不時着してしまった。周りの参加者の方々も温かい目で見守ってくれながら、「で、結局何を言いたいんだ」という反応を隠し切れずにいたようだった。

「いや、でもこれは『クリームソーダ』で『ブンバボン』なマインドで頑張った結果なんです……」

と言い訳しようかと思ったが、これ以上言うととかげさんのように愉快に爆発してしまいそうな気がしたので大人しくすることにした。

*1:「ブンバ・ボーン!」 NHKおかあさんといっしょ」より

あっと、さっと、アットホーム

今月末に引っ越す部屋を決めるため、新居の内見に行ってきた。これまでの四年間は大学周辺に住んでいたのだが、土地代が(無駄に)高いエリアだったので家賃の割に環境があまり良くなかった。三年生の夏まで住んでいた家は陽当たりがすこぶる悪く、自分が住んでいるのかカビが住んでいるのかよく分からない状態だったし、今の家は水回りが異常に詰まりやすく、雨が降ると数日間ベランダが水浸しのままになるというプール付き住宅だ。おもしろ物件ハンターになった覚えはないぞ。今度住む場所は都心からはかなり離れるので、家賃もぐっと安くなるし部屋の環境も今よりは良くなるだろう(と願いたい)。

三軒内見してきたのだがどの部屋も申し分ない感じだった。駅からは近いし、陽当たりも良いし、周辺も静かだ。一軒目、二軒目あたりまでは「今日の決断でこの先のQOLが決まるんだぞ!」と一生懸命見ていたのだが、まあこれといって特にこだわりも無いし、三軒目の室内を見ている時には正直プールさえなければどこでもいいやーと思っていたのだけれど、三軒目の室内をひととおり見終わって玄関のドアを開けた瞬間目の前に青い空がバッと飛び込んできて、その次の瞬間に「あっ」と思った。三軒目のその部屋だけが最上階で、部屋の前から空が見えるのだ。「あっ」というのは「あっ、良い」でも「あっ、きれい」でもなくただ「あっ」だった。一瞬だったけれど、でも確実に「あっ」だった。

結局新居はその部屋に決めた。他にも良い点、悪い点はあったのだけれど結局あの瞬間の「あっ」がほぼ全てで、もうそれ以外は考えられなかった。今あえて言語化すれば「朝出かける時に気持ちがいいんだろうなあ」とか「夜帰ってきたときに星が見えるから良いなあ」とかそういうことなんだろうと思うけど、どれだけ言葉を尽くしてもやっぱりあの瞬間の「あっ」には勝てそうもない。もしかしたら住んでみたら実はアリさんが住んでるとか、幽霊が出るとかおもしろ要素が出てくるのかもしれないけれど、それでもあの空を毎日見られるならまあそれでもいいかと思えるような気がする。もちろんアリさんはいないでいてほしいけど。

 

 

 

 

ところでなぜ引っ越すのかというと、4月から相模原の研究室に移ることになったからである。うちの学科は大学院入試に受かったあとにそのまま今のキャンパスに残るか、もしくは柏や相模原(いわゆる僻地)に移るかを選ぶことになるが、内部進学者はほとんどがそのまま今のキャンパスに残ることを選ぶ。もちろん入試の点数が悪かったら残りたくても残れず島流しの刑に遭うこともあるが、僕はそんなに悪い点でもなかったにも関わらず相模原に移ることを選んだので、言ってみれば自らボートを漕いで無人島に乗り込んでいく物好き野郎だということになる。そんなわけなので「なんでわざわざあんな遠いところまで行くの?」と聞かれることが多い。

去年の4月頃、一度個人的に研究室のあるJAXAの相模原キャンパスを見学しに行ったことがあった。相模原キャンパスに入るのは初めてだったので、ついでに一般客も入場できる展示スペースを見ようと楽しみにしていたのだが、展示スペースに入った瞬間に思わず息を吞んだ。そこには原寸大の『はやぶさ』の模型が置いてあった。はやぶさのプラモデルは持っていたし、サイズもデータとしては知っていたのだけれど、目の前で悠々と太陽電池の翼を広げたその姿は想像をはるかに超えて圧巻だった。世界の宇宙機の中で見ると、はやぶさはむしろ小型の部類なのだがそれでもこの迫力である。その模型を目の前にしたとき、僕は「あっ」と思った。「あっ、すごい」でも「あっ、かっこいい」でもなく、ただ「あっ」だった。それからしばらく何も考えずその模型を眺めていた。そうやってぼーっと眺めたあと「この一部分でも自分が開発したものが搭載されて宇宙に飛んで行ったら僕はきっとすごく嬉しいだろうな」ということをポツリと思ったのだった。

最終的に研究室ははやぶさの元プロジェクトリーダーである川口淳一郎先生の研究室を選んだ。研究室を決めるにあたって色々なことを考えたのだけれど、やっぱりあの時の「あっ」がほぼ全てで、それを超えるものは何も無かったように思う。今は往復4時間ほどかけて研究室に通わなきゃいけなかったり色々と大変なことはあるのだけれど、それが驚くほど全然苦にならないのは、研究室に向かう通路の途中にあるあのはやぶさの模型を毎日見るたびに、まあこれが見られるならいいか、と思えるからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばこの前の3月まで、インプロというものをやっていた。インプロとは”Improvisation”の略で、「即興」の芝居という意味である。その名の通り、セリフもあらすじも何も決まっていない状態でお客さんの前に立ち、演技をしながらストーリーを紡いでいくというものだ。日本ではまだあまり知名度が無いが、海外ではかなりメジャーなパフォーマンスのひとつになっているらしい。

インプロでは当然次に何が起こるか、誰が何を言うかなどが一切決まっていないのでその一瞬一瞬に各々が決断を下して前に進んでいく必要がある。やってみるとわかるがこれはとても難しいことで、同時にめちゃめちゃ怖いことである。上手くいく根拠など何一つない状態で、自分がなんとなくその時に思ったことを信じて前に進む。つまり「あっ」を見逃さず、捕まえて実行するのである。大学三年の秋にインプロに出会って以来すっかり僕はその魅力にハマって、片っ端からインプロの本を読み、四年生になってからは劇団しおむすびというインプロ劇団にも所属した。

そんなある日、稽古中にふと「あっ」と思ったことがあった。「あっ、自分はここじゃない」と思ったのである。劇団の中にはプロの役者として、プロのインプロバイザーとして食べていけることを志している仲間もいて、そんな彼らと真剣に付き合うようになった時にふと「自分は一体何なんだろう」「彼らが目指している場所と僕が向かいたい場所は違うんじゃないか」と思ったのである。そしてそれは小さな小さな「あっ」として現れたのだった。それは非常に小さかったけれども、見逃すことはなかった。見逃すことは出来なかった。「あっ」を捕まえる稽古をしているうちに、決定的な「あっ」を捕まえてしまったのだ。インプロを辞めようと決心したのはそれからほどなくしてからである。色々と考えたけれども、やっぱりその小さな小さな「あっ」に勝るものはなかった。大好きなインプロを学んだ結果、そのインプロを辞めることになったのは皮肉だった。皮肉だったけれども、そのおかげで本当に自分が目指したいものをはっきりと掴むことができた。僕は宇宙を目指したいということ、そのために劇団を辞めたいということをみんなに伝えた。幸い、みんなは僕が事情を話すと快く受け入れてくれて、背中を押してくれた。彼らは今でもとても大切な仲間で、僕は心から感謝している。

 

 

 

 

決断というのは選択肢を捨てることだ。この先どうなるか何にも分からない状態で、分からないままに選び取ることだ。その選択はいつも言葉での理解を超えたところで起こる。それはとても怖いことだけれど、それでも僕は見逃さないように、あっという間に過ぎていく「あっ」を捕まえたいなあ、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて引っ越し先も決まったわけだけど、相変わらず部屋が片付かない。というかこれもうどこから手付ければいいかわからん。内見中に不動産屋のおにいさんに部屋が片付かないんですよねー、と軽く言ってみたら「ぜひ断捨離してください」とバッサリ斬られた。はい、ここでも決断しろということなんですね。とほほ。