みなさま、グロがお好きなようで

 

 

人間生まれた時はなんかガサガサガサガサして、これじゃ暮らせないから。ガサガサって表現はおかしいけどね。曖昧模糊としてるでしょ。子供の頃ってえのは、白鳥がお天道様咥えてくるような絵描くでしょ。ウケようとして描いてんじゃねえんだ、あれ。それじゃあ困るからって白鳥が鳥類であってこっちが宇宙であるって分けて。これを知性って言うとするか。それが疲れたときにボケるわけよ。ね。だからこれ(人生)がいかに苦しいか。夢でバランス取ったり幻覚剤求めたりね、それからまたイリュージョン、手品なんていうのを見て、酒飲んだりして、常にこのグロテスクさから逃げようとしてるんですよ。だから、ボケは当たり前なんですよ。ボケて悪くないんですよ。恍惚としてんですから。迷惑するのは周りだけなんですから、こんなもん。*1

 

 

「グロテスク」っていうと普通は「気持ち悪い、残酷な」という意味を指すけれども、もともとは古代ローマの洞窟にあった、植物やら動物やら人間やらが混ざり合って描かれた壁画のことを指す言葉だったらしい。まあ要は「ごちゃごちゃして不自然なもの」ってところだろうか。なるほど、そういう意味で言えば人間の生活っていうのはたしかにグロテスクだなあ、と思う。なんだかよく分からんまま生まれて、気付いたら言語なるものを話していて、宿題はしなくてはいけません、適度にスポーツもせねばなりません、大阪に生まれたという理由だけで阪神タイガースを応援せねばなりません、子供は子供らしくしなくてはいけません、大人なんだから大人らしくしなくてはいけません、この紙切れはお金というものです、そのお金を得るために働かなくてはなりません、異性とは「結婚」という契約を結ばねばなりません、掃除洗濯料理ゴミ出しは欠かさず行わなければなりません、、、。

20年以上生きてもこのグロテスクさ、不自然さにはなかなか慣れなくて、まあ普通に生活することほど難しいものは無いなあ、と思う。例えば料理なんてのも、基本的に「なんとなく油を引いてみる」「生じゃ硬いから焼いておく」「味がしないから塩コショウをかける」という自然体得的な手札で勝負するので、料理好きの人が彩りや栄養バランスを考え、よく分からん調味料をたくさん混ぜて、皿をいちいち分けてきれいに盛り付けているのなんかを見ると、よくもまああんな不自然なことを楽しそうにやるもんだなあ、と本当に感心してしまう。先日も元劇団同期の友人と話したのだが、なんと彼女は毎朝必ず家を出る2時間前に起き、朝ごはんを作りながら化粧と身支度を済ませて大学に通う、という生活を3年間続けているらしい。家を出る2時間前に目覚めた日なんかには「しまった、あと1時間45分は寝られるのにもったいない」と思っちゃうのが自然だと思うんだけどなあ。

 

 

 

 

そんな彼女のブログの投稿には、美しい写真が並ぶ。きれいな色合いの具だくさんミネストローネや牡蠣のアヒージョ、そして大学への通学路で撮ったという、黄金色の紅葉の奥に見える秋晴れの青空。そこにはこんな言葉が添えられていた。 

今日は時間がなくて

「わー遅刻だー!!!」

って走りながら登校したんだけど、

こんな空見ながら走って

生きてるわー!

ってなんか思いました(笑)。*2

あれは小学生の時だったかな。細かいことは覚えていないけれどもその日は多分夏で、もしかしたら夏休みの学校のプール開きの帰りか、はたまたみんなで野球をした後の帰り道だったかもしれない。僕の住んでいた社宅の前にはかなり急な坂道があって、ブレーキもかけずに自転車でその坂を一気に下ろうというその瞬間にふっと顔を上げると目の前には突き抜けるような青空が広がっていて、ほんの少しだけ時間が止まったような感覚に襲われたのを覚えている。その瞬間に僕は彼女と同じように

「うおお、生きてるぞー!」

と心の中で叫んだのだった。

陳腐な話だが、137億年という宇宙の歴史を1年に圧縮すると僕の23年の人生はたったの0.053秒だそうだ。あっというまどころか、「あっ」と言う間すら無い。はたまた地球をビー玉のサイズに圧縮すると、東京スカイツリー0.00075 mmで、僕の身長はウイルスにも満たないという。このとき太陽の大きさは大玉転がしの玉ぐらいあるらしい。自然というものは、時間軸上にも空間軸上にも圧倒的な広がりを持っていて、その一端を垣間見るときそのあまりの迫力に僕らは四次元的に足を止められてしまう。そうして立ち止まるとき、こんなにも不自然な生活を送っている僕もまた、自然の一部に取り込まれたような気分になる。そのスケールの中で僕の命はあまりに小さくて、儚くて、だからこそ、不自然なこの生命はやけに浮き彫りになって、輝いて見えるのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校3年生の夏、数年ぶりに父方の祖母の家に帰省した。そのとき祖母は癌の末期であった。恐らく次の正月まではもう持たないだろうと言われていて、生きている祖母に会うのはこれが最後だろうとみんな分かっている状態だった。そしてそのことを、祖母だけが知らなかった。それはとても不自然だった。「病気が治ったらまた会おうね」という僕の言葉に祖母は力なくうなづいた。祖母はもうボケていて、僕の名前も覚えているか分からなかったけれど、その反応はとても自然で、僕の言葉はとても不自然だった。来る途中の新大阪駅で祖母のために小さな招き猫の置物を買った。「僕はお盆が終わったら帰るけど、この招き猫はずっとここにいるからね」と言って祖母の枕元に置いてあげた。ぐったりとした祖母の前では招き猫の笑顔は過剰なぐらい生き生きとして見えて、その構図はやはり不自然だった。祖母が亡くなったあとも、こいつは寸分も変わらぬ表情で笑い続けるのだな、と思うとお前だけ生きていても仕方ないんだぞ、と空しくなった。部屋全体の時間が止まったように感じられて、壁にかけてある写真も、祖母の得意だったちぎり絵も、どこか消え入りそうな気配を放っていた。祖母の家自体が、もうすぐその命を終えようとしているような、そんな感じだった。散歩に出た。鹿児島のど田舎の山は、少し奥まで入ると本当に何の音もしなくなる。蛇が出そうな草むらに恐る恐る入って立ち止まると、風がざーっと抜ける音だけがして、空はよく晴れていて、自然はあまりに自然で、僕の置かれている状況はあまりに不自然だった。

自然に帰する時、人は不自然を脱することができる。祖母はあの時、自然だった。病床に臥しているときには既に、グロテスクな生命体の僕とはまるで違う世界を生きていたのかもしれない。お葬式の時、父も叔父もいとこもみんなたくさん涙を流した。なぜだか僕はあまり涙を流さなかった。祖母はとても自然な姿だった。だから、その帰結が悲しいことだとは、あまり思えなかった。お葬式が終わった後に出された食事の中に、不自然なぐらい動物の肉が入っていなかったことの方が、よほど悲しいことであるような気がしたのだった。

 みんな、グロテスクが好きだなあ。僕はどうも好きになれない。好きになりたいとは思わないけれど、ちょっとだけ、羨ましいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

12月はどうも苦手である。師走というだけあってかどこか慌ただしい雰囲気に包まれるし、街のあちこちでやたらにセンチメントを強いる音楽ばかり流れていて脳が疲れてしまう。最寄りの駅前にもいつのまにか巨大なクリスマスツリーが出現して、いよいよ嫌な季節がやってきたなあと思う。ツリーには青を基調としたLEDのイルミネーションが巻き付けられていて、インスタ映えを糧とするインスタ蝿たちが群がってたくさん写真を撮っていた。あんな色付きの電磁波なんか見なくたって、冬の夜空に浮かぶ自然光はこんなにきれいなんだけどなあ、と見上げた空に向かってついたため息はいつもよりやけに白いような気がして、んー、なんだか不自然だなあ、と思った。

 

 

*1:「落語のピン」1993.04.07放送分、立川談志『鮫講釈』のマクラの一説。

https://www.youtube.com/watch?v=JUNL0mgpuCs

*2:『生きてるわー!』

https://ameblo.jp/sunflowermegane/entry-12329072157.html