香るカオスと午前23時

23日になった。23歳になった。

昨晩考え事をしながらぼーっと風呂に入っていて、気が付いたら23歳になっていた。風呂には時計もないので特に実感もなく一つ歳を取ってしまったわけだが、自分が生まれた日を生まれたままの姿で迎えるというのもまあ悪くないかな、ということにしておく。

ありがたいことに既に数人の友人からお祝いの言葉をもらった。僕が人の誕生日を全くといっていいほど覚えないので(先日も母親の誕生日をすっぽかして拗ねられた)、律儀にお祝いしてくれる人がいてくれるのは本当にありがたいことだなあ、と思う。どうもありがとうございます。

 

 

 

 

 

ここ一ヶ月ほど何も書いていなかったので、「あいつもうブログ飽きやがったな」と思われているかもしれないが意外とそうでもなくて、むしろ毎日毎日何を書こうか忙しく考えているのである。実際風呂の間も一時間半ほど浴槽に浸かって指がふにゃふにゃになるぐらいには色々と考えていた。書くことはほとんど無限にあるのだ。じゃあ何か書けよと言いたいところだが、残念ながら今は脳みそがカオティック状態で、器用にまとめるほど整理できていない。この一ヶ月はせわしないことに別れの季節であったり出会いの季節であったりしたので、色んな思考のタネが脳に入力されて、それらをなんとか体系づけて捕まえてやろうと、ああでもない、こうでもない、ああいうことだろうか、いやこういうことだろうかと考えるけれども思考はどんどん膨張するばかりで、結果考えれば考えるほどさらに取っ散らかってしまうのだ。これはもう仕方がない。仕方がないというか、もうこれって宇宙だ。ビッグバンが起こって、インフレーションなるカオティック状態に突入して、宇宙はどんどん膨張していく。宇宙全体の質量が臨界値より大きければやがて膨張は止まってまた一点に収縮していくし、質量が足りなければいつまでも膨張は止まらず、銀河はてんでんばらばらで死んでいく。ただ宇宙と違って脳みそが厄介なのは、質量があれば勝手に万有引力が働くわけではなくて、「考える」という外力を作用させないと個々のタネは相互作用しないということだ。どんどん入力されてくるタネを放っておいても結局死んでしまうのだ。というわけで考える。考えながら相互作用を増やしていって、ある時点で臨界値に達すれば突然思考がまとまっていくのだろう。

というわけでしばらくはまた何も書かないかもしれない。

 

 

 

 

 

ところで脳みそが宇宙なのだとすると、もしかしたら僕らがいるこの広大な宇宙も超巨大な生き物の脳みその一部だったりするんじゃないかと思う。「そんなの、その生き物がマキシマムザホルモン聴いてヘドバンでもしたら銀河級の大地震が起こっちゃうじゃないか」と言われるかもしれないが、相対性理論によれば時間の感じ方は人によって違うので、そいつがヘドバン一回する間に宇宙が丸ごと一つ生まれたり死んだりするなんてことも説明できるんじゃなかろうか。実際、巨大質量のブラックホールに落ちている人から見たら、外の世界って何億倍も速いスピードで過ぎていくように見えるらしいよ。いや落ちたことないから分からないけどさ。そしたら逆のことも言えるかもしれなくて、僕らの脳とか体の細胞一つ一つも実はその内部で確認できないほど小さな生き物たちがものすごいスピードで生活してたりするんじゃなかろうか。そう思うとなんだか自分の細胞一つ一つにも愛着が湧いてくる気がする。バカバカしい説だと思うかもしれないが、人間はもともと一つの細胞で、それがだんだん細胞分裂していつの間にかこんなに大きな生き物になるなんていう説明の方が僕にはよっぽど実感が持てないので、こういう説もあっていいと思う。

 

 

 

 

 

さて案の定今日もまた順調に思考が取っ散らかった。お昼ご飯はセブンイレブンのケーキでも買って密かに生誕祭をやろうと思う。