ハルに風邪ひいた

駆け出し宇宙工学者が気が向いたときに書く方のブログ

ダースベイダーの一族

部屋が汚い。片付けがとても苦手だ。

いま数秒見回しただけでも数十個のペットボトルと空き缶がキッチンに積んであるのと、コンビニのパスタの容器が床に落ちているのが確認できた。冷蔵庫の中で半年近く放置した大根が変わり果てた姿(里芋のようなフォルム)で横たわっているのも知っているが、とりあえずはそっとしている。家にアリさんが大量発生し、ポテトチップスでおびき寄せながら巣を特定したのもつい最近の話だ。大学一年の頃に自宅のベッドの下から焼きししゃもが発見され、しばらく僕の家が「釣り堀」と呼ばれていたのも今となってはいい思い出(ということにしたい)。

でも、そもそも統計力学のエントロピー増大則を考えれば、あらゆるものがきちんと整理された状態なんてのは系として不自然に決まっているわけで、逆にあらゆるものが乱雑に置かれている方が状態として自然なはずだ。だから綺麗好きな人の方がこの宇宙では異常な存在なんだ!僕はなんにも悪くない!

 

 

 

 

 

 

「僕ら人間って何のために生きていると思います?」

大学一年の生命科学の講義で、教授が突然こう問いかけた。急に飛んできたまさかの哲学的問いに対して理系学生たちが沈黙を決め込む中、教授は少し置いてこう続けた。

「宇宙をなるべく早く滅ぼすためです。」

ダースベイダーかお前は、と言わんばかりの回答に当然学生一同唖然としていたわけだが、彼はいたって冷静に続けた。例のエントロピー増大則によれば、放っておけばこの宇宙はどんどん無秩序でバラバラな状態に向かっていく。その宇宙にわざわざ生命体という秩序を持った存在が生まれたのは一見矛盾しているように見えるけれども、あえて生命体という秩序を間に挟むことで宇宙はさらに無秩序に向かうことができるので結果的にはむしろ合理的だというのだ。ちょうど瓶の中の水をブチまける時、出口のところに渦という局所的な秩序を発生させた方がむしろ早く水をブチまけられるのと同じ構造である。僕らが生命体として秩序だっているほど、周りの世界は無秩序になっていく。宇宙レベルで見れば、僕ら人間を含めた生命体はせっせと宇宙を崩壊へ導くための存在でしかないのだ。

 

 

大学構内を歩きながら、たまに意識して建物を見ると、なんて秩序だっていて美しい建物なんだ、と思うことがある。いや、正確には美しすぎて嫌悪感を抱いてしまう。どれも寸分狂わぬ直線と直角たちで構成されていて、そこにはもうほとんど無駄が無い。それを改めて認識した途端、あれれ、何百年か前はここには木や草しかなくて直線なんか一本も無かったはずなのに、なんで今こんなに直線だらけになっているんだ?と脳みそがびっくりして、混乱して、そんなことを考えながら研究室に戻ると、今度は本棚に専門書が隙間なく真っすぐ並べられていて、またもや無数の直線と直角たちが脳に追い打ちをかけてくる。どうやら周りの世界が秩序だっていると、むしろ僕の脳みそはどんどん無秩序になってしまうようである。

 

 

人間は世界を無秩序にするために生命としての秩序を保っていて、ひとたび自分の秩序が保たれると今度は世界まで秩序だてようとするのだけれど、そうするとその秩序だった世界によって結局自分が無秩序になってしまうという、この、皮肉。どうやっても世界か自分のどちらかはいつも無秩序になってしまうのか。そう思うと、僕がこの部屋をなすがままにしているのは、生命体として自分の秩序を保つのには合理的で、やっぱり僕はなんにも悪くない!とたちの悪い確信はがぜん強まった。